風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

貨幣からの手紙2

「「現実に起こった事件は、不幸なことに、この手紙に、予言としての価値を与えてしまった」と書く回想記作者は、この不幸にしての一語を書きうることの幸福を享受しているのである。実際、回想記の中で、わたしはそうした悲惨な結末の到来を知っていたと書くことほど幸福なこともまたとあるまい。そうなることはわかっていたから、それなりの警告も発しはしたのだが、それに気づかぬ連中の愚行によって国家は崩壊してしまった。自分にはどうにもならぬまま、すべてが最悪の事態に陥ってしまったと記しうる回想記作者はまたとなく幸福である。その幸福の中で、国家と個人とは、そのどちらもが傷つくことなく救われる。政治家たちが書き残す回想記のたぐいは、ほとんどこうしたかたちでの曖昧な責任回避を目的としている。自分にはそれが予測できたという言説ほど政治的なものもまたとあるまい。」(蓮実重彦『凡庸な芸術家の肖像』)