風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

ハンナ・アーレント『全体主義の起源2 帝国主義』2

「(…)人間がもはや人生のために生き、人生のための人生を愛するだけの力を奮い起こせなくなったとき、冒険とゲームのためのゲームは最後の大いなる人生のシンボルと見えてくる。秘密機関員キムの物語が帝国主義時代の最大の記録文書となり得たのは、情熱的で強烈な生の充実感と醒めた意識がその底に流れているからである。(…)いずれにせよ生来の冒険家、すなわち時代の公的・政治的生活からも私的・社会的生活からも同じように遠ざかっていた人々を帝国主義政策が特に巧妙に利用したからといって、彼らを非難するのは当らない。彼らに政治の本質に対する洞察を期待するのは無理である。本質的に終わりも目的もないゲームは通常きわめて短時日のうちに破局を迎えること、そして公的問題、つまり原則として万人に同じように関わる問題は秘密と両立し得ない故に秘密政治からは低俗な二重スパイしか生れようがないことを、彼らは理解していなかった。〈大いなるゲーム〉に加わった冒険者はどの場合も欺かれた詐欺師となった。彼らの雇い主たちは特定の目的を持っていた―――たとえ自分たちの相矛盾する目的の中で方向を見失うまで混乱していたにせよ―――。彼らは無名性を求めるこの男たちの情熱をただのスパイ活動に利用することを当然と考えていた。われわれにとって慰めになるわけではないが、この欺かれた詐欺師の役割はわずか二・三年の後には、利潤に飢え全体主義のゲームに手を貸した金融家自身によって演じられることになる。全体主義のゲームは秘密裡にも公然にも利潤動機など全く持ち合わせず、それ故きわめて殺人的な効果をあげることができたから、ついにはゲームの資金提供者までをも食い尽くしてしまったのである。」
「ここで問題としているのは非抑圧民族が政府に対して当然に抱く敵意では決してなく、いかなる国家の制度もその本質からして民族とは相容れないという命題である。」
「重要なことは、汎民族運動が成立したのは、国民国家になり得なかった国々、また離脱を志す構成諸民族に対する支配を維持しようとするにしても、絶対君主政あるいは開明専制君主政から議会制的政府をもつ立憲国家への国民的発展を推進することもやはりできなかった国々においてだったことである。汎民族運動の指導者たちは、支配や権力というものを恣意的な、被支配者には理解不可能な上からの決定という形でしかもともと経験していなかった。この点を明記しておくことは重要である。」