風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

ピンキーのディシプリン

「経験の示すところでは、退廃の一途をたどる階級は、進歩の途上にある階級より、政治屋のまことしやかな演説に容易にだまされてしまうことから、人びとの政治に関する洞察力は、彼らの生活を規定する諸条件と密接な関係があるように思われる。繁栄している階級は、しばしばじつに無謀なことをしでかすかもしれない。というのも、彼らは自分たちの力(フォルス)を過信して、あまりにも大胆に未来を見ており、一時的に、ある種の錯乱的な栄光感に支配されるからである。衰弱した階級は、彼らに国家の保護を約束する人びとを決まって頼りにして、この保護がどうして彼らのちぐはぐな利害と一致し得るのかを理解しようとしない。彼らは、政府の恩恵を得ることを目的とするあらゆる連合に進んで参加し、厚かましい演説をするペテン師たちを全力で賞賛する。社会主義は、エンゲルスが大言壮語的反ユダヤ主義と名づけたもののうちに数えられないよう、大いに用心しなくてはならないが、エンゲルスのこの忠告は、この点に関して、必ずしも守られたとは言えない。」(ジョルジュ・ソレル『暴力論』)
「戦いを、人間が駒に比較されるチェス・ゲームともはや同一視することはできない。戦いは、自分の行動の動機を熱狂からくみ出す個人がなしとげる、英雄的武勲の積み重なりとなった。革命的文学は、兵士たちが語ったとされる大言壮語をたくさん書き連ねているとしても、すべてが嘘とは限らない。」(同上)
「ひとりひとりがもてるかぎりの熱意をもって進み、自分の責任で動く。巧みに組み立てられた大きな全体プランに自分の行動を従わせることなど考えもしない。このようなプロレタリア的ゼネストの性格は何度も強調されたことだが、それは権力に飢えた政治屋たちを恐れさせないわけにはいかない。」(同上)
「ジョレスは、誰からももっとも抜け目のない人物だと見なされるだろうが、そのジョレスは、自分を脅かす危険をきわめてよく承知していた。彼はゼネストの信奉者たちを、生活をばらばらにし、その結果革命とは反対の方向に進むものだと非難した。この理解しがたい言葉は、次のように言い換えることができる。革命的サンディカリストたちは、生産者の個性的な生き方を高めようとしている。だから彼らは、革命を管理して新しいエリートに権力を握らせようとする政治屋たちの利害と真正面から衝突し、国家の土台を掘り崩してしまうのだ、と。以上すべての点において、われわれは完全に同意する。まさにこの性格(議会主義的社会主義者、金融家、イデオローグにとっては恐るべきものだが)こそが、ゼネストの考え方に非常に大きな道徳的意義を与えるのである。」(同上)
当然ゼネストすら目指してはならない。
社会から排除されることは、社会を理解し使用することに等しい。