風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

ハンナ・アーレント『暗い時代の人々』

(…)話はモスクワの被告が明らかに無実であるということに移っていった。そこでブレヒトは、長い沈黙の後で次のように言った。「彼らが無実であればあるほど、彼らは死に値する」。この言い方は乱暴に聞こえる。しかし彼が本当に言おうとしたことは何であったろう。彼は何について無実であったのか。もちろん告発されていたことについてである。では何について告発されていたのか。スターリンに対する陰謀についてである。とすれば、かれらはスターリンに対する陰謀を企てず、その「犯罪」について無実であったからこそ、この裁判には若干の正義があったことになる。スターリンという一個の人間が革命を巨大な犯罪に転ずるのを防ぐことは「保守派」の明瞭な義務ではなかったろうか?ブレヒトの訪問相手にこのことが分からなかったことはいうまでもない。彼は激昂し、客人を家から追い出した。こうして彼一流の厄介で慎重な方法ではあっても、ブレヒトスターリン批判を公言したまれな機会の一部は失われた。ブレヒトはおそらく、通りに出て、幸運が彼をまだ見捨てていないことに気付いた時、安堵の吐息を漏らしたことだろう。