風鈴神社

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軍事哲学の理論

吉本隆明平和憲法は世界で最も進歩的な憲法であり、日本はそれを世界に広めていくべきだと言ったのは正しい。物理的な暴力に対してはあらゆる口実を使って対処しなくてはならない。だからこそ我々には何の価値もないのだ。軍事哲学の使用法は戦争の口実の排除である。だから軍事学ではなくて軍事哲学。新しい軍隊ではなく兵士の訓練の試み。兵士は戦うためにいるのであって、「思いやり」を与えたり、「平和に貢献」したり、「国民を守る」ものであってはならない。訓練において最も重要なのは戦う意味を与えることであり、自分の意志で戦うことができるようにすることである。最新兵器がいくらあろうと戦争の絶対的な無意味さこそ最初に克服しなければならないのだから、補給とは意味を与えることであるという結論が生まれる。戦略において補給地点を攻撃するのは基本であり、それに対処するためには無数の補給地点が、言い換えれば意味の生産が必要となる。仮に意味が一般財として与えられるのなら、福祉政策などによって衣食住などの生活必需品を保証することが、意味に対する理想的な戦略となるだろう。衣食住を独占することは生産力が低い場合にしか有効ではなく、一般財を奪うことは敵に大義名分の意味を与えることになるのだから、訓練の方法は意味を無化するものに関係する戦術の発明と、意味の資本化にあることが分かる。戦術における攻撃のカテゴリーに入るものは批判と嘲笑であり、防御のカテゴリーに入るものは反省と謝罪である。強者には批判と反省を、弱者には嘲笑と謝罪を与えること、勝利ではなく戦争の継続、真実を持たないことの3つが基本戦術である。共感による同質化が行われていれば効果はより決定的になり、個体化が行われていれば抵抗はより巧妙となる。防御側が常に有利であることを忘れてはならず、攻撃には慎重さと大胆さが必要なのは言うまでもない。意味の資本化には脳を固定資本の担保の役割から解放するための生産的カテゴリーとなった知識が必要なのだが、知識は技術の道具である限り売ることしかできない。意味を与えるためには知識は貨幣になっていなくてはならないが、貨幣が一般財として外在している限り、意味の生産を行うことができない。意味を獲得した貨幣は名前で呼ばれるようになるが、名前の特徴は外部の媒介なしに資本を増殖できることにある。そのため流通に入るためには一般財ではない欲望の等価物である記号を与えなくてはならない。記号を与える方法は言語による論理化であり、それが会話の等価交換にならないためには、日常言語の流通基準を剰余物であると示すような方法で発話が行われなくてはならない。だから軽蔑と中傷が攻撃のカテゴリーになり、感謝と虚栄が防御のカテゴリーになる。それゆえ記号の意味を絶えず再生産し続けるためには、欲望の羞恥心による怒りか罪の意識による愛が与えられたものの負債として必要になるであろう。