風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

永井均『なぜ悪いことをしてはいけないのか』

(…)道徳が有効であるためには、それは神聖にして不可侵のもので無ければならない。だからなぜ悪いことをしてはいけないのか、なぜ道徳的でなければならないのか、といった問いに「かくかくしかじか」といった明快で単純な答えがあってはならないのである。そんなものはすぐに簡単に論駁されてしまうからだ。今日意外なことだが、道徳の権威を守る唯一の砦は哲学である。道徳が哲学的に基礎付けられると言いたいのではない。道徳系譜学的知見をも越えて、道徳についてどこまでも真摯に哲学し続けられるという意思だけが、唯一、道徳の権威を保持しうるのである。それははるかむかしにあのソクラテスが考え出し、今日まで受け継がれてきた道徳擁護の特殊な、しかし究極的な方法である。そこでは道徳はどこまでも疑われてよい。いや、どこまで持て徹底的に疑われなければならない。その疑いを真剣に受け止め、さらにそれについてどこまでも考え続けようとすることによってのみ、その意思の真摯さによってのみ、道徳の権威は保ち続けられるのである。