風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

ムカシムカシノオハナシヨ…

昔々、つまり世界の孤児たちが毎日死んでいく中でなぜ自分は生きていても良いのだろうと考え人類全体の幸福はどうしたら可能かと大審問官と宮沢賢治に毎日心の中で伺いを立てるような道徳的狂信者で、人類を滅ぼす程度では到底我慢できないので自身の存在の憎悪が徹底的に行き着き、「生まれてきてごめんなさい」というのは人類に対する挑発なので自身の存在が生まれてこなかったという事実性だけを永遠に人類に思い知らせてやりたい思い続け、ありとあらゆるものに中毒で、ボードレールの『悪の華』の言葉一つ一つが完全な調子で響き渡り、芥川の言葉の正しさを一瞬一瞬確信していたとき、私はドストエフスキーの『白痴』のなかでイッポリートの「どうしたら人の役に立つために死ねますか?」という質問に対してムイシュキンが静かな声で答えたあの言葉「どうか私たちの側を素通りして、私たちの幸福をゆるしてください!」をひたすら反芻し続け、要するに死ぬのも生きているのも迷惑だというありさまで運命というものの皮肉を呪い続けていたとき、私はウィトゲンシュタイン言語ゲームを横の概念と見立てて、厳密にウィトゲンシュタイン的なアクセントをつけた伝言ゲームと言う縦の概念を考えていた。一体伝言ゲームはどこからきてどこへ行くのか、伝言ゲームは絶滅することはあるのだろうか。もし絶滅しないのならキリスト教はまったく真理であり、あの一粒の麦死なねばが世界中に響き渡ると思っていた。私はこう思っていたのだ。「人は生涯のどんな瞬間にも幸福がありえず、名誉もなく、ひたすら孤独と言う概念がたどり着かない砂漠を歩き続け、達磨の偉大な文章である理法を頭だけで理解している「無残な屍」であり、まったくランボーの言うとおり悪魔に食われちまうべきだというのにもかかわらずなお生き続け、ベートーヴェンのように宗教であり、あの憐れなスヴィドリガイロフのように蜘蛛しか信じず立派に生き続けなければならないのだろうか」と。つまるところ骨の髄まで小林秀雄に犯されておりニーチェがいなければ呼吸ができなかったであろうというのがそのときの真実であったが、このときの西尾維新ほど救世主だったものはまったくありえないだろう。そのときから私は人類を滅ぼしても生き続けていいということになったのであり、今から思えばあれほどまでにジジェクに傾倒したにもかかわらず人類に対する憎悪は一ミリたりとも消えなかったのは私の生きている理由は憎悪しかないというあのすばらしい劣等感にほかならなかったのだ。