風鈴神社

自然の囁きを声として反復することでメロディーを生み出すブログ兼放射性廃棄物処理場。はじめての方は「☆☆☆」か「はじめての方向けの引用」のカテゴリーからどうぞ。

九回目の爆発『生きたパン』

生きたパンになるためにはパンへの欲望を排除しなくてはならない。欲望は禁止するからだ。パンへの欲望は断食か過食を引き起こす。だからこそ神という存在しない悪循環の概念を愛することと、神によって生み出された「隣人」を愛することがあらゆるものを与える行為を生み出すのだ。現在では「あなたの神である脳を愛しなさい」とか「あなたの知性をあなた自身のように愛せ」とか言われていてもである。しかし脳は食べてもおいしくなさそうだ。生きたパンにおいてもっとも注目すべき記述を残しているのは、私の知る限りイエスを除けばダリだけである。(あの「残酷な」アニメ、アンパンマンのことを考えたとしてもだ)。もちろんイエスはダリよりもずっと狂っている。ダリはこう言っている。「キリストはチーズのようなものだ。もっと適切に言えば、チーズの山だ」。
「飢えに対する不安からか、あるいは驚嘆すべきカタロニアの隔世遺伝のせいか、ダリは憑かれたようにパンを使ってシュルレアリシティックなオブジェを作り出した。彼はそれまでにもずっと、パンに対して特別の偏愛を抱いていた。フィゲラスのダリ劇場美術館で、ダリは壁をカタロニア産のパンで覆った。彼はよくパンを手に取り、抱き締め、なめたりかじったりしたあと、まるでコロンブスの卵のようにまっすぐに立てた。「パンの背中に可愛らしい規則的な2つの穴を開け、それぞれの穴にインク壷を埋め込むのは、いともたやすかった。このパンのインクスタンドが、使っているうちに『ペリカン』印のインクがはね散って、だんだんと汚れていくのを見ることほど審美的で凌辱的なことがあろうか。パンのインクスタンドに開けた小さな矩形の穴は、ペンを差し込むのにまさに格好だろう。もしつねに新鮮なパンを所望するなら、毎朝パンのインクスタンドを取り替えさえすればよかった。パリに到着するなり、私に耳を傾ける者にはこう言った。『パンを、パンを、パンを、何よりもパンを』。すると彼らは『あいつはコミュニストになったのか』と冗談めかして言い合った。というのも彼らは、私が発明したパンは家族を養う糧ではないということを、すでに察していたからだ。私のパンは恐ろしく非人道的で、贅沢な想像力がこのパンで合理的世界の実利的思考に復讐したのである。それは貴族主義的で、審美的で、偏執狂的で、洗練されて、狡猾で、現象的で、人を麻痺させる超明白なパンであった。ある日、私は『これは松葉杖だ』と言った。誰もが単なる見せかけのポーズ、気まぐれなジョークだと思った。それから5年後、彼らは『それが重要だった』ことに気づきだした。そこで私は『これはパンの切れ端だ!』と言った。すると、それはたちまち意味を持ちはじめた。私にはいつも自分の思考を具体的に客観化する才能があり、しかも私が熟慮や研究を重ね、霊感を経て、ひとたびある物体を指し示すことに決めると、それらに魔術的な性格を与えることができたのである」。これらの説明から、当時モスクワに忠誠を誓っていたシュルレアリストたちが、聖像破壊主義的で冒涜的なダリに抱いた感情がよくわかる。特に彼の絵に現れるパンがたいてい「硬い」ペニスのように見えれば、なおのことである。」(ロベール・デシャルヌ/ジル・ネレ『ダリ全画集』)
「パンは、どれほど異質であろうと、籠という典礼に包まれていなければならない。たとえ当代の無政府主義者が台頭しようとである。」(同上)
「私はそれ以前にも、ガラの肩に2切れのあばら肉を載せて描いて、彼女を食べたいという欲望を表現したことがあった。それは、生肉が私の想像のなかで重要な意味を持っていた時期だった。ガラが私の高貴で英雄的なヒエラルキーを登りつめた今日、彼女は私のパン籠となったのだ。」(同上)
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ福音書『第12章24節』)